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四つ葉のふうら杖

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ふうらの杖の基本は、金沢・犀川の草花。
川べりに住んでいたから、散策で親しんだものばかり。
今頃だとヘラオオバコ、ペンペングサ、クローバー。
ねじ花なんかも手に持たせれば、風趣があった。

それらの花がここでは身近に無い。
あるのはクローバーで、これは四つ葉スポットを見つけた。
去年から鉢で育てていて、一年目は失敗。
二年目の今年は採集した株が良かったのか、次々に四つ葉を着ける。
それどころか五つ葉も何枚か着けてくる。

四つ葉はスポットで何十枚も採集、押し葉しているので、
楽しみは葉ではなく、花の後の杖である。
クローバー杖はふうらの定番、一番人気ではあったけれども、
まだ一人として四つ葉の杖を手にしたものはいなかった。
毎日白い花を楽しみ、枯れるのを心待ちにしているのに、
誰か葉だけでなく花も食べるものがいた。
そうして幾つかの落胆を経て、ついに待望の杖を収穫した。

四つ葉杖第一号は、花はおかげで小ぶりになった。
ラッキーなふうらは、一番近くにいて目についたひと。
幸運がやって来るといいね。
花は毎年季節に巡ってくるけれど、幸運はね。

「I want to be happy」でも聴かせてあげよう。
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by r_bunko | 2014-06-30 23:54 | ふうら散歩
旅人ふうら
EPUBの本を初めてKindle Storeから配信して、昨日で一年。
最初の本は『天狗と雀』だった。
テキストだけの作品を選んで、試行錯誤の果てにepubcheckをクリア、
朝方ストアに並んでいるのを見つけて新鮮な気分がしたものだ。
その日春蘭も花芽を五つ。思わず、
  春 蘭 を 見 つ け て 天 狗 綻 び ぬ
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(天狗と雀 図書カード)

春蘭も天狗も綻びて、季節もうららな春。
一息ついて野に出れば空でヒバリが、
ツギツギツクロウ、ツギツクロウ……とエールを送ってくれたっけ。
それで徐々に画像入りの本にもトライして、
何度か暗礁にも乗り上げて、
最新刊の『旅人ふうら』で16冊目。

絵本・詩画集仕立てのこの本は、iBooks Storeの審査が厳しく、
昨日修正版がパスして、ようやく六角文庫に展望が開けたところ。

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(旅人ふうら 図書カード)

一年間に16冊、というのは多いのか、少ないのか。
1996年以来作ってきた電子本が80冊余(PDの狐の嫁入り文庫は除く)
それが現在読めなくなって順次EPUBに移行する作業に追われている。
なんだか電子本残酷物語の気がしないでもないけれど、
それに抵抗するために、新作なんかを放り込んでいるのだな。

たっぷりと時間を与えられているわけではないので、
一冊でも多く読めるフォーマットで残しておきたい、
そう思う反面、創作に専念してみたい気もするし。
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by r_bunko | 2014-03-16 16:23 | 本・電子本
初音を聴いた、初蝶を見た
風がなく散歩日和、午前中に出た。
コースは南、いつ以来だろう。
山蔭の池にオシドリを見かけた、という去年の情報に乗って、
のらのらの獏的夫婦は行動する。

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町を抜けて、サザンカの大木の跡に寄った。
白い花をいっぱいに着ける名木であった。

  村の入口に
  咲くサザンカはもう無い
  大きな木の
  ましろの
  百千の花は空中に帰った
  切株では
  体は休めても
  魂はやすらがないだろう
       —山茶花 2013

ふうらが一人切り株の上に立って、往年の花を夢想する。幻視する。
(伐られた直後の写真はこちら)(花満開の写真はこちら

こういう村の出入口に立つ木は、みんなが歩いていた時代には
とても大切にされ、愛着されていたのだと思う。
犀川べりの大桑村の大コブシの木が思い出されて懐かしい。

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この日は雲が獏的であったり、豚的、羊的、鰐的であったりした。
竜の落とし子に似た雲もあったし、交尾している雲(?)もあった。
また上部が真っ白で、下部が濃い灰色、変に立体的で、
フォトショップでシャドウ効果か、3D加工を施したような、
珍しい一群も浮かんでいた。

足もとには次々に咲き出した草花たち。
オオイヌノフグリに続いてホトケノザも盛りを迎えて、青と赤、
そこにハコベ属の白も混じって、微小なものたちの時代が続く。
山へ向かうから幾つかの坂はこたえたけれど、
八重紅梅で休み、コガモのいる小池で休みして、
最後に竹林の中の小径を潜り抜けると大池の上に出た。

居たのはマガモ四羽。
当てにしていたわけではないので、別にがっかりもしない。
カワラヒワの声がして、電線に二羽、
ジョウビタキの声があたりをうろうろして、
下の池からはコガモのホイッスルが聞こえてくる。
そうしているうちに、ウグイスが初音を鳴いた。一度だけ。
堤の上ではキチョウが舞った。今年の初蝶である。

最初に道を間違えて、えらく急な坂道を無駄に登ったぶん、
呼吸(気管支)に難のあるものと、
歩行(踵の骨)に難のあるものは、それなりに疲れたけれど、
でもいい散歩だった。
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by r_bunko | 2014-03-09 19:36 | ふうら散歩
啓蟄の雪と蕗の薹
啓蟄と聞くと、ごそごそ這い出したくなる。
嬰児の頃もそんなで一月も早く飛び出してきたのだろう。
未熟で、早熟で、草々子ときてるから、
生きるのは、うん、苦労したな。

朝の光につられてドアを開けたら、雪が踊っていた。
午前の日和見。
昼下がりの光にはほんとうに連れ出された。
ヒバリの歌を聴きたい、と
水の代わりにゼリー飲料を持たされて。

町を抜けて郊外の耕作地に出た辺りで翳って、
さすがにここでは引き返せず、
寒さにこらえて農道を巡っているうちに雪、いっときは吹雪いた。
(といっても雪国のにくらべると可愛らしい吹雪)

  啓 蟄 の 空 か ら 白 い 虫 の 降 る

こんな日のステージにはヒバリは登らない。
ムクドリとヒヨドリの鋭い地鳴き。
それからチッとか細い声のありかを探して、ホオジロ。

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蛙や蛇にはお目にかからなかったが、
土を割って元気なフキノトウの一群と邂逅した。
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by r_bunko | 2014-03-06 20:05 | ふうら散歩
ふうらもぼくもどこへ行くのか?
朝方、twitterに呟いた後、あれこれ思いが巡ったので:

アンドレ・ブルトンは魚座生まれ。若い頃に『ナジャ』に衝撃を受けた。挿入されたパリのマツダ・ランプの写真にも。六角文庫の詩画のルーツはこのあたり。


ポール・エリュアールとマン・レイの合作『ファシール』は憧れの本。他にコクトーやロルカの素描に惹かれた。そんなところから竹ペンを愛用、のちに墨と筆で<ふうらかん>なるものを描くけれど、出発点は詩人の素描にある。

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(1978年頃か。ふうらかん以前の原ふうら。竹ペン)


ふうらかんは、絵の世界なのか、詩の世界なのか、作者にもふうらにも判らぬところがある。北条石仏が原像だから宗教の世界かと言うと、それも違う。微妙にどこからもずれているような気もする。それはそれで構わないけれど、正体のしれないものを追いかけるにはそれなりのビジョンが要る。その力をどこから得るか。それは意図しなくても、自ずから機能しているようにも思う。踵を着けずに、臨機応変の体勢をとった時に、やはり最も頼りになるものが主軸となってバランスをとっていくのではないか。それを信じてみる。


ではそれは何か。ぼくの場合は詩であろう。広義の詩である。広い広い広ーい意味での詩。詩がベースだから料理だから、絵も音楽も小説も映画も、科学も生物も宗教も全部そこに入れてしまうような、世界としての詩。摂理としての詩、思想としての詩、元素としての詩。存在としての詩。まあ、超広義だからあまり細かくは言いたくない。


もっと有り体に言えば、画力には自信がなく、宗教心も薄く、というだけのことであるかもしれない。その分、詩ならば責任も取れるだけの努力と困難と愉悦と悲哀を積み重ねた、と自分で思い込んでいるのかもしれない。それもそれで構わない。この未明体がどこへゆくのか、この未開体がどのように白んでゆくのか、それが大事だからである。


『ナジャ』や『ファシール』が伝えてくれたものはイマジネーション。その翼(翅)のありようや飛翔力であったろう。素描や俳句が好きなのも、想像力の翔ける広い空ががらんとあるからだろう。ふうらかんは北条石仏から飛び立った草の絮のようなものかもしれない、とどこかに書いた。その石仏自体も謎に満ちて、イマジネーションの乗算がそこにある。どこへ飛んでいくか、ほんとうにわからない。
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by r_bunko | 2014-02-19 20:39 | アート
立春のロゼット
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暦の上で春は立ったが、空からは雪がひとひら、ふたひら。
雲は広がって厚く、風は冷たい。
それでも時折陽射しがあるのが播磨のほっとするところか。

隣の空き地で、立春のロゼットを巡ってきた。
パッと見てすぐに何の、と判別できるものは少ない。
オニノゲシ、オニタビラコ、タンポポ……。
ここは少し草丈が高くなると除草剤を撒かれてしまうので、
一年を通しての草の盛衰を追えず、その分印象も薄い。
ロゼット植物はこんな環境が好きなようである。
いまここで花を着けているのは、ナズナと、
よく見れば地面に這いつくばって可憐なトキワハゼ。
カンサイタンポポで花が萎れたのが一株、
綿毛を寒風に晒しているのが一株あった。

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立春の旅(散歩)をしてみたいけれど、病み上がりは隣がせいぜい。
雲は分厚く西から流れるのと、薄くて速い南からのが交差する。
慌ただしい空にしろじろとした繊月が出たり隠れたり。
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by r_bunko | 2014-02-04 18:32 | 自然
音楽の呟き
ご無沙汰してしまった。
短いものはついTwitterで済ますけれど、
あちらは時間の川を流れ下ってしまうので、
音楽と天文の呟きをこちらにまとめて空白を埋めてみる。

リチャード・ツワージクのアナログ盤が届いた。彼名義の唯一の正式録音で、死後に出て、それも片面(A面)のみ。CDで聴き込んできた演奏が、曲順の違いもあってか新鮮に聴こえる。音質はRVGスタジオらしく、やや籠もり気味だが、空気が柔らかい。繰り返し聴いている。

一曲目《A Crutch for the crab》の冒頭がCD収録演奏と比べると僅かに欠けている。そのために別テイクとされて両方収録のCDもあるらしい。タイトルが何のことやらだったが、ヤン・スメテルリンのピアノの鍵盤を這う手にインスパイアされた曲だとか。

   ※

AirMac Expressを新調してから、iBook G4のiTunesからスピーカーへ音を飛ばせなくなって困っている。AirMac ユーティリティのバージョンを手動でアップしたら、無線LANの感度が悪くなって元に戻した。

Mac MiniにはCDドライヴがないので、聴きたいCDは一旦iBookに取り込んでから転送。まとめてだと外付け経由ということでいささか面倒。

面倒と言えば、昔粘土仕事をする作業部屋では、レコードの片面終わる毎に手を洗いに行って、アルバムを取り替えていた。陶像一体作るのに長い時間がかかるので、音楽は必須だった。

ふうら陶像一人一人にどんな音楽で生まれたかメモしておいても良かったな。ジャンゴのギターや、ロマの歌で生まれた人、モンクで生まれた人、パウエルで生まれた人。ユッスー・ンドゥールやサニー・アデで生まれた人、レゲエのダブから生まれた人、ブルースから生まれた人等々……。

リチャード(ディック)・ツワージクのジャケットはすぐに天が剥がれてしまった。
ボンドでくっつけたが、今度はビニール盤が入らず、無理をやるとまたぱっくり。
ま、それはともかく、演奏内容は申し分ない。
なんたって、正式トリオ演奏はこれしかないのだから。
「ラウンド・ミッドナイト」をモンクの重力から自由に弾けるピアニストは、
バド・パウエルとこのツワージクくらいではないか。

ふうらの陶像作りも長く離れているけれど、
一番時間と手間がかかるのが楽器を演奏する御仁。
尺八と横笛がメインで、楽器は実際の竹の枝や草の茎を後で持たせる。
焼成の収縮を計算しながら手指を按配するのが実にやっかいだった。
それでも元気なときにトライするのはやっぱり音楽がすきだから。
2004年に作って乾燥したままの像が数十体、
どなたか焼いてくださらないかな。
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by r_bunko | 2013-12-23 21:54 | 音楽
ならの実賢治祭
羅漢寺で遠来の友人親子と待ち合わせ。この日は宮沢賢治没後80年。デクノボーを意識して作ったふうらを連れて行った。

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羅漢寺手前の小学校では「ならの実大運動会」。イーハトーヴの童話にでも出てきそうな名称で楽しい。らかんたちがいつもより小さく見えたのは、童心に帰っていたのだろうか。

この運動会を毎年見守ってきた樹齢140年のエノキの寿命がとうとう尽きたらしい。春にわずかな新芽を着けていたが、それも枯れ果てた。高学年の120メートル走のゴールは、エノキのちょうど手前。エナガの群れが翔けてきて、遊んでいた。
                 ——Twitterより

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羅漢寺ではモズがしきりに高鳴き。
蝶が一頭、地面を歩くように、這うようにしていた。
ツマグロヒョウモンの雌で、翅が破れている様子。
舞おうとすると、ぐるぐる旋回するばかり。

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あるらかんの背で普段見馴れない雑草が伸びていた。
アキノタムラソウに似ているけれど、何だろう?

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夜は立待月。
ほんのしばらく、美しい光環を見せてくれた。

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by r_bunko | 2013-09-21 23:51 | 北条石仏
ふうら名月盃
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名月珈琲を仕立てて相棒が飲んでいるので、
こちらはふうら盃の記念撮影としゃれこんだ。
小さいのでなかなか月が入ってくれない。
やっと捕らえてもぶるぶる震えてむずかしい。
相棒はiPhone、こちらはiPad mini。
互いにミニライトでアシストしながら撮影したが、
カメラ性能はiPhone4Sに軍配が上がる。
で、画像は拝借した。

上の一枚は「月光術」と腹に書いてある。
下の一枚は「夢野の夢湖」と記してある。

撮影の後は、月光水をぐいっと呑ませてもらった。

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iTunesではmoonの検索で出た47曲を連続再生。
さすが月の曲はいろいろある。
ジャズ・ナンバーがほとんどだが、
クラシックの「Moonlight Sonata」から、
ブルースの「Shine On Moon」、
レゲエの「Pablo In Moonlight City」、
一青窈「月天心」というのもあって、全50曲。

この日は正岡子規没後111年の日でもあった。

  大 い な る 照 り 物 あ り て 獺 祭 忌
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by r_bunko | 2013-09-19 23:36 | 天文
白い花、白い雲
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勝手口の通路奥に咲くナニワイバラ。
最初の一輪は地べたに開いたので紙屑と見誤った。
(昔、遠くの白いものをヤマセミだと相棒が言うのに、
 紙屑が引っ掛かっているのじゃないかと答えたっけ)
剪定し過ぎたのか、あまりに低く咲くものだから、
ふうらをひとりお連れした。
白くて清楚なひとがよかろうと、
友人が「月の人」と名付けたふうらとともに鑑賞。

記念撮影後、ふと空を見上げればなにやら雲の文字。
右は「山」と読めて、左が「古」やら「虫」やら、
「雲」とも読めなくはなかったが、刻々と形が変わる。

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雲が面白い日なので夕の散歩に出た。
四つ葉スポットは草刈りの後。
ヒバリとトラクターの歌合戦。
こんなに雲の楽しい空なのに、カラスとトビがバトル。
一対一で、何度か攻守が入れ替わる。
ようやく終わって二羽が別れたところへ
隣村から駆けつけてきたカラス二羽がトビを追った。
いまは抱卵と育雛の時期。
これからこういう鳥たちのバトル風景は増えるだろう。
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by r_bunko | 2013-05-07 19:52 | ふうら散歩



詩と、絵と、ジャズと……星と鳥と……漂泊文庫便り
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