「ほっ」と。キャンペーン
獏は雲に乗って
畦道を茹でて……どうとかこうとかの俳句を夢で作っていた。

川の切り売りを買ってくるとかいう話は、
ブローティガンの短編集にあってお気に入りだったけれど、畦道はどうか。
川には鮒がいたり泥鰌がいたりする。庭に設置すると楽しいだろう。
畦道にも季節によっては蛙や蛇がいる。
鼠年生まれだから蛇は勘弁で、草がまだ繁る前の今ごろがいい。
タンポポがぽつぽつ、ホトケノザ、ナズナなど咲いて、
オオイヌノフグリの青い星が散らばっているとなおいいだろう。
それを書斎に置いておくと慰むのだけれど、
夢では茹でるというから、何かパスタ料理のレシピがあるのかもしれない。
早春の畦道ならあくもなく、ちょうどいい味が出て美味しそう。

と、夢に嵌ってしまうのは三月七日魚座生まれの性癖か。
モンドリアン、ラヴェル、安部公房、石川淳、林静一らの誕生日。

こんな俳句があるけれど、
  富士に傍て三月七日八日かな  伊藤信徳
旧暦だから、もっと暖かくなった頃の春蕩々の旅中の吟。

こちらは昔の拙句、
  三月の七日土方さんの兎  草々子(十露)
土方巽は九日生まれで、九日生(くにお)。
二日早い1987年のこの日目黒のアスベスト館に泊めてもらった。
館主は一年前に亡くなって、可愛がっていたという兎のバロンがいた。

iTunesのシャッフルはレスター・ヤングから始めてくれ、
いまはYouTubeでラヴェルをリレーして聴いている。
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オシドリ探索の誘いもあったけれど、風が強くて諦めた。
瓶に挿してある青軸の梅が一輪咲いてくれた。
相棒はこの日獏の雲を見たそうで、それを描いた抹茶ケーキをどーんと。
獏は雲に乗って、ケーキに乗ってやって来る。
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# by r_bunko | 2014-03-07 22:48 | 獏・夢
啓蟄の雪と蕗の薹
啓蟄と聞くと、ごそごそ這い出したくなる。
嬰児の頃もそんなで一月も早く飛び出してきたのだろう。
未熟で、早熟で、草々子ときてるから、
生きるのは、うん、苦労したな。

朝の光につられてドアを開けたら、雪が踊っていた。
午前の日和見。
昼下がりの光にはほんとうに連れ出された。
ヒバリの歌を聴きたい、と
水の代わりにゼリー飲料を持たされて。

町を抜けて郊外の耕作地に出た辺りで翳って、
さすがにここでは引き返せず、
寒さにこらえて農道を巡っているうちに雪、いっときは吹雪いた。
(といっても雪国のにくらべると可愛らしい吹雪)

  啓 蟄 の 空 か ら 白 い 虫 の 降 る

こんな日のステージにはヒバリは登らない。
ムクドリとヒヨドリの鋭い地鳴き。
それからチッとか細い声のありかを探して、ホオジロ。

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蛙や蛇にはお目にかからなかったが、
土を割って元気なフキノトウの一群と邂逅した。
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# by r_bunko | 2014-03-06 20:05 | ふうら散歩
桃の日に、バイクで、バスで
晴の予報で、浮遊微粒子は少ない模様。
ただ風が強くて冷たいとか、一応双眼鏡を忍ばせて。
ついでに携帯用カイロも。

バス停に向かう途中、なぜか雨がぱらついた。
息切れを考慮して早めに出た分、長く待つことになる。
そこへどっどっどっと大型バイクが二台入ってきた。
ベンチの後ろに停めて、ヘルメットを脱ぐと一人は女性。
ショッピング・モールに用事があるわけじゃなく、
雨も寝言のように降っただけなので、
タバコを吸いたくて休憩したようだ。
バスが発車する前にどっどっどっと行ってしまった。

  桃 の 日 の ど ど ど 大 型 バ イ ク 乗 り
  ハ ー レ ー の 二 台 で 男 雛 女 雛 ゆ く

神戸ナンバーの男女を見送って、こちらは山上の病院。
雛壇ならぬ廊下に並ぶほとんどが老人たち。
前回四つの検査80分を受けて、
この日予約より20分遅れ、結果説明を5分ほど聞いた。
まあ懸念事項は消えてなによりだけれど、
疾患に関しては「この薬のまま数年いきましょう」。
数年を喜ぶべきなのか、哀しむべきなのか、
まあ覚悟もあったことだから喜んでおこう。
楽しみの散歩は取り止め。雲が多く、風も強い。
行きも帰りもバスの乗客は一人だけ。
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# by r_bunko | 2014-03-03 19:45 | さまざま
竹山水と竹小町
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佐藤春夫 vs 菊池寛。
将棋だったか、囲碁だったか、
前後して速写したものを並べてみた。
これ以外には、徳田秋声、小山内薫ら。昔の文士は、
帽子、眼鏡、煙草、髭……描き易い素材が揃っていた。

筆記具は、竹ペン。
画材屋で見つけたもので《竹山水》《竹小町》の銘。
この二本にどれだけ世話になったことか。
この二本に線の面白さをたっぷり教えられた。
濃淡、硬軟、太さ細さ等々。
殊に竹山水は先が磨り減ってぺらぺら。

紙は、謄写版詩集を作った際の端切れ。
11.2cm x 18.2cm。
これがいっぱいあったので落書きによく使った。
図書室で公開していた『吟遊』『ピアニスト』などもこの紙。
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狭い部屋で六角のテーブル一つ目の前にあって、
向かいは相棒のアトリエ領域、
こちらが小生の書斎領域、
(共有する文房具やら、貸し借りやらあったが)
筆立てとインク壷と珈琲カップと、原稿紙。
あとはアイデアとイマジネーション。

文士たちの肖像に比べると幼い風景だけれど、
その頃のセッション風の創作もまた懐かしい。
今となってはセンチメンタル・ジャーニーである。
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# by r_bunko | 2014-03-02 14:31 | アート
千代之介と龍之介
三月。
一日は芥川龍之介の誕生日。岡本かの子も同じ日。
降る雨と、かれらの髪型に、

  そ の 昔 文 士 の 髪 と 木 の 芽 雨

以下twitterから:
長髪に憧れた最初は映画『紅孔雀』の東千代之介扮する浮寝丸。まだ見ぬ国への幻想を掻き立てられたのもこの映画。

海彦と山彦の古代の髪型も好かった。中学生の頃は音楽室の壁に並ぶバッハやベートーベン、ハイドンらの長髪に不思議な憧憬を覚えたものだ。

高校生頃から文士の長髪に憧れだした。お気に入りは芥川龍之介だったが、頭と顔の形、中味がまるで違うので諦めた。六年間の坊主頭を脱して、一時も早くと伸ばした頭をみて、本など読まぬ青年が「ビートルズ?」と訊いてきた。
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『紅孔雀』は最も記憶の古い歌でもある。
うろ覚えのこの歌詞が知りたくて、いろんな人に尋ねてみた。
全部歌えたのは金沢のあるお寺の大黒さん一人だった。
いまならYouTubeですぐに聴くことが出来る。

昔、テレビで文士たちの記録映像を観た。
芥川龍之介が庭で幼い子供と遊ぶシーンで思わずペンと紙を引き寄せた。
次々にシーンが移るので殴り描き、それでも最後までいかず省略する。
探したら、ひょっこり十枚余の紙片が出て来た。

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# by r_bunko | 2014-03-01 23:57 | 本・電子本
懐かしのフィールド散歩
病院でいろいろ検査を受けてきた。
最初の心電エコーは時間もかかるので、技師の指示に従いながら一句探って、
  晩年ハ霞ノ中ヲ飛ブ小鳥
イヤ、小鳥ハ可愛スギルカ、霞ノ中ヲ漕グ小舟、発想ガ陳腐ダナ……などと
息を吸ったり、止めたり、吐いたり、止めたりしながら、結局ものにならず。
晩年は、と詠みにいってしまうほど、今日の霞は濃く、遠目がきかなかった。
他に、スパイロメーター、ABI-PWV、CT検査など立て続けに約一時間強。
結果は後になるが、まあそれなりの用心事項もありそうだ。

せっかくだからと帰りは念願のフィールド散歩。
坂を下って窓から眺めた蝸牛山に向かう。
ハコベが咲き出していたり、マンリョウの赤い実を見つけたり、
久し振りにシジュウカラのおしゃれな恰好を見たりするだけで楽しく嬉しい。
オオイヌノフグリとホトケノザの群生を撮ろうとしたところで、
iPhoneのバッテリーが予告無く終了(そんな、50%はあったはず)。

谷田池は東側ぐるりの垣や藪がすっかり刈られ、
丸山公園裏の杉林周辺も以前に増して藪や下草がなくなった。
これでまた鳥たちの居所が無くなる。
かつてここに来ればいつでも逢えたアオジやアトリやミヤマホオジロ。
藪の好きな鳥たちがどんどん追われて、
藪の好きな鳥たちが好きなぼくが寂しがっている。
それでもこの日、はるか梢でウソらしき鳥影。間近でエナガの群れ。
コゲラやウグイスの声。シロハラが騒ぎ立てる声も聴いた。
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この春は花満杯の姿を見よう撮ろうと楽しみにしていたコブシの花芽が少ない。
昨春はあれほど着けて、大エノキに捧げたのに、これもなんだか淋しい。
(といってもビロードのぎっしりの芽と、花の終わり頃を見ただけ)
根元に寄ってみると、思いがけない草が生えている。
掻き分けると美しい玉がいくつか光った。龍の玉である。七つ貰った。

ゆっくりゆっくり、春を吟味して歩く。
お土産は龍の玉の他に、青軸の蕾、ソヨゴの実、コブシの枯れ枝など。

試験でもあったのか、半ドンの中学生たちとよくすれ違う。
最も遠い村から通っている生徒たちで、草地に座り込んで喋っている女の子も。
道草結構だが、今日はあいにくの霞だよ、と帰ってくると、
緊急にPM2.5の注意報が全国各地に出ているとのこと。
予報を調べての散歩計画だったのに、なんたることか。疲れがどっと出た。
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# by r_bunko | 2014-02-26 23:16 | 自然
散歩をしてみた
そろそろ散歩したくてうずうずしていた。
寒く風の強い日が続いたが、今日はどうか。
午後一旦外出準備までして、日が翳って断念。
夕刻に日射しが戻って思い切って出た。
カメラも双眼鏡も持たない。iPhoneのみ。
ふらふらの時に誤ってトイレに落とした4sである。
ぼくもかれも臥せって徹底安静。
先に起動したのはこちら。
あちらはじっくり乾かしてようやく復活した。
その病み上がりコンビの初めての散歩である。

あては、幾つかあるコースの中で最短の羅漢寺。
水仙のラッパに吹かれて、
オオイヌノフグリに瞬かれて、
なんだか眼鏡の焦点が合わないので訥々と歩く。
途中、小学校の大榎に寄った。
生きているとも死んでいるとも立ち姿では判らない。

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羅漢寺では、素心蝋梅と白侘助。
夕日が射して華やぎ、曇ればまた翳るらかんたち。
iPhoneは幾枚かの写真を失敗し、
ぼくもまた気温の下がった帰りはほうほうの体。
でも、よかったな。
明日からは散歩日和になりそうだし。
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# by r_bunko | 2014-02-22 23:13 | 北条石仏
アインシュタインと、そこらの春
昔読んだ本だけれど:
アインシュタインの自伝は、自伝と言いつつ物理の話ばかりでちんぷんかんぷん。
それでも止めずに外国語の原書をとにかく完読するのと同じく最後まで突っ走った。
薄い本なのでそれも出来たのだろう。おかげで大きな収穫があった。
たった一カ所だけ、がつんと解るところがあったのである。

それは、宇宙を知るのによりいい場所というのは無い、ということ。
宇宙の任意の一点は、どこを切り取っても同じ。
どの星から見ても宇宙は等しく同じ風景だ、というのである。
宇宙には特別な場所は無く、無数の観測中心点があるだけ、だと。

これには驚いた。
子供の頃からもっといいどこかを夢見、憧れてきたから、ショックでもあった。
それと同時になにやら、ここで十分やれるのだ、と励まされもした。
この星にいて、宇宙を知ることは、
どこかよその銀河にいて探求している人たちと同じ知見に至る。
E=mc²同様、シンプルで美しい考え。
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(Saxを吹くEinstein by Marica Onza 1993)


年月を経て、<そこらの春>に目が覚めた。
わずかな田圃と畑を縫う農道や、寂れた里山の麓付近。
野草も野鳥も種類は少なく、淋しいと言えば確かに淋しい。
どこか春を満喫出来る森か高原にでも行けたら、とつい思いがち。
そんなさびしさ、わびしさが降り積もって、かえってそこらの春に愛着が湧く。
ヒバリしかいなかったら、ヒバリに会って帰る。
いつもの場所のシロバナタンポポに寄っていく。
それでいいと思う。そこらの春は、どことも同じほんものの春なのだから。
そう思って歩いたら、そこらの木たちが応えてくれたのが「木霊日」という詩編。
そしてその日に辛夷の木で歌ったであろう一羽のアオジ
寒気が去って、ぽかぽかしたら、そこらへ出かけてみたい。
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# by r_bunko | 2014-02-20 22:37 | 本・電子本
ふうらもぼくもどこへ行くのか?
朝方、twitterに呟いた後、あれこれ思いが巡ったので:

アンドレ・ブルトンは魚座生まれ。若い頃に『ナジャ』に衝撃を受けた。挿入されたパリのマツダ・ランプの写真にも。六角文庫の詩画のルーツはこのあたり。


ポール・エリュアールとマン・レイの合作『ファシール』は憧れの本。他にコクトーやロルカの素描に惹かれた。そんなところから竹ペンを愛用、のちに墨と筆で<ふうらかん>なるものを描くけれど、出発点は詩人の素描にある。

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(1978年頃か。ふうらかん以前の原ふうら。竹ペン)


ふうらかんは、絵の世界なのか、詩の世界なのか、作者にもふうらにも判らぬところがある。北条石仏が原像だから宗教の世界かと言うと、それも違う。微妙にどこからもずれているような気もする。それはそれで構わないけれど、正体のしれないものを追いかけるにはそれなりのビジョンが要る。その力をどこから得るか。それは意図しなくても、自ずから機能しているようにも思う。踵を着けずに、臨機応変の体勢をとった時に、やはり最も頼りになるものが主軸となってバランスをとっていくのではないか。それを信じてみる。


ではそれは何か。ぼくの場合は詩であろう。広義の詩である。広い広い広ーい意味での詩。詩がベースだから料理だから、絵も音楽も小説も映画も、科学も生物も宗教も全部そこに入れてしまうような、世界としての詩。摂理としての詩、思想としての詩、元素としての詩。存在としての詩。まあ、超広義だからあまり細かくは言いたくない。


もっと有り体に言えば、画力には自信がなく、宗教心も薄く、というだけのことであるかもしれない。その分、詩ならば責任も取れるだけの努力と困難と愉悦と悲哀を積み重ねた、と自分で思い込んでいるのかもしれない。それもそれで構わない。この未明体がどこへゆくのか、この未開体がどのように白んでゆくのか、それが大事だからである。


『ナジャ』や『ファシール』が伝えてくれたものはイマジネーション。その翼(翅)のありようや飛翔力であったろう。素描や俳句が好きなのも、想像力の翔ける広い空ががらんとあるからだろう。ふうらかんは北条石仏から飛び立った草の絮のようなものかもしれない、とどこかに書いた。その石仏自体も謎に満ちて、イマジネーションの乗算がそこにある。どこへ飛んでいくか、ほんとうにわからない。
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# by r_bunko | 2014-02-19 20:39 | アート
ブルー・モンク、ブルー・ポエム
ブログ記事を書いて投稿する時に、あららと驚いていることがある。
詩のカテゴリーを作っていないのだ。
えっ! と自分で呆れて、されど今更追加もというのでそのまま。
ブログをスタートしたのは2005年1月。
詩は書かずもがな、というスタンスではいたけれど、
そうか、詩はどこかでもっと深く断念していたのかもしれないな。
表現は孤独な作業でいて、自分独りの営為では続かない。
いつかだれかの胸に届くだろうと信じて、はじめて発信の力を得る。
アイデンティティーを奪われるとどうなるか、身を以て体験した。
気力、意力はどこから出て、どこへ向かうのか思い知った。

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今日はセロニアス・モンクの命日。64歳(なんという若さだ)。
この稀代のジニアスは晩年の10年間、ほとんどピアノを弾かなかった。
精神も身体も病んでいたとはいうけれど、そのことが信じられなかった。
バド・パウエルは独房の壁の架空の鍵盤を指で押さえて、
見舞いに来たエルモ・ホープに「この音はどう?」と尋ねたという。
そういう人たちなのだと思い込んでいる。信じ込んでいる。
だからモンクが鍵盤にすら触れなかったことは気にかかる。
同様なことはドド・マーマローサにもユタ・ヒップにもある。
それぞれに理由も事情も異なる。ほんとうのところは誰にも判らない。
おそらく本人にも、そのようになる流れはどうしょうも出来ず、
なにか他人事のような哀しさもあったのではないか。

2011年に『春とピアノ』『春と石仏』を書いた。
そこでドドやユタに思いを馳せた。
ドドもユタもモンクも、もうピアノには戻って来なかったけれど、
ぼくはなにやら詩に戻っているのか、いないのか。
記事の投稿時に詩のカテゴリーがないのに呆れ当惑しているのである。
この十年ほど、詩のカテゴリーなど無くても事足りたのも事実。
昔のどこかではぐれてから、詩も生も常に未明未開の「?」であって、
それが時々小さな「!」に置き換わる。
野に出て草花や小鳥たちと同じ空気を吸えばそうなってくる。
それが出来なくなった、と嘆いているのではない。
元気になれば、またのこのこ野に出るだろう。
籠もっていても、鳥や木や風のような声はある。
セロニアス・モンクのピアノの音なんかもそれである。
今日も朝からたくさん聴いて一つの「!」を得た。
それがまた新たな「?」を生み出していく。
詩などは小鳥の地鳴きや囀りのように書いていたい。
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# by r_bunko | 2014-02-17 20:55 | 本・電子本



詩と、絵と、ジャズと……星と鳥と……漂泊文庫便り
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