カテゴリ:アート( 46 )
草の筆で描いた2
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相棒からシロバナタンポポと、スカンポをもらった。
コゴミ、ワラビ採りのお土産。
筆にして絵を描け、ということか。

タンポポには「風羅」と文字を書かせてもらった。
タンポポは草のふうら、花のふうらだから。

スカンポはこの間は乾いてカチカチのものを使ったが、
今回はまだ緑のみずみずしい二本。
その内の細くて長い方で、まず「風羅」と書いた。
軸(茎)がしっかりしているので骨のある線が書ける。
それなら石仏などもいいだろうと、トライしてみた。

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思ったよりも描き味はいい。
で相棒に薦めて、あれこれ先輩面して講釈した。
最初は苦労していたが、今日はミロの誕生日だから楽しもう、
と言った途端のびのび、いいものを仕上げたようだ。
うーん、そういうものを描きたかったな、とちょっと羨ましかった。
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by r_bunko | 2014-04-20 23:59 | アート
草の筆で描いた
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まず最初にタンポポ筆。
摘む時は見た目よりも硬く感じたけれど、時間が経つと柔らかく萎える。
力を入れようがないので、筆を引きずるようにして描く。
ま、草の筆はみんなそんな按配。
小回りな曲線が描けない。

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タンポポが絵も字も苦手だと分かったので、
綿毛の飛んだあとのは、もう抽象的にアバンギャルドにまかせた。
滲みに味が出たりして、これは相棒にも面白がられた。

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三番手はスズメノテッポウ。
茎が比較的硬いので線は引きやすい。文字もなんとかこなす。
でも穂が長いぶん、扱いにくい。むろん墨の含みは無い。

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去年のデビューでは、月下美人や泰山木の筆に気押されて、
眩暈を起こしそうなほど緊張していたツクシも今年は余裕。
タンポポなどの苦闘ぶりに、ほら難しいだろうと微笑できるほど。
感触は分かっているから、ツクシは土筆の肖像画を描いた。
何のことはない、誰にも描きやすい画材。
でもさらさらっと描けて、出来映えも気に入った。

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おまけに相棒が摘んで、筆に貰っておいたイタドリの登場。
先っぽの穂が黒く乾いてポロポロ剥がれたけれど、
全体に硬めで多少の力を入れることも出来る。

これからも使ってみようかと思うのは、イタドリくらい。
ツクシもそれほどの描き味ではないけれど、名前が土の筆だから。
文房にあって楽しいのは、やっぱり月下美人筆、泰山木筆。
姿がいいね。見惚れるね。
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by r_bunko | 2014-04-16 19:07 | アート
草の筆いろいろ
今年もツクシで何か描こうと、散歩の度に頃合のものを摘んだ。
だのに坂を登ってきたとか、ちょっと歩きすぎたとかでぐったり。
夜昼ひっくり返っていると、夜半から腰も心根も座るのだけれど、
いまは朝起きを正しく継続中。夜には正しく眠気が来る。
で、絵は描かずに、せっかくのツクシはぐったりと萎える。
これではツクシに申し訳ないとまた散歩で摘んできて、そのまま。
そうこうしている内に春はスピードを上げて、ツクシも消えてゆく。

今日こそと探しに行ったら、目当ての場所は杉菜ばかりになっていた。
ぶらぶら日暮れを帰るうちに、閉じたタンポポが筆の穂に見えてきた。
いい筆恰好のを摘み、綿毛を飛ばした後のも二本仕入れる。
ついでに目に入ったスズメノテッポウも一本。
ツクシもなんとか見つかって、あとは帰って描くだけ。
ところが眼鏡をかけ忘れて出たせいか、目からどっと疲れていた。

これでは筆にと願った草たちに済まないので、墨を磨った。
創作には気力がいる。いい気と、その気を吹き込む力がいる。
疲れが酷いと思ったので、硯の蓋をして、一旦休憩。
食事でエネルギーを補給し、さらに休養して、やっと復活。

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写真の草の筆たち:
右からスズメノテッポウ、タンポポ綿毛後、タンポポ閉花、ツクシ、
一番左は相棒がずっと以前に摘んできたイタドリ。
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by r_bunko | 2014-04-16 19:02 | アート
竹山水と竹小町
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佐藤春夫 vs 菊池寛。
将棋だったか、囲碁だったか、
前後して速写したものを並べてみた。
これ以外には、徳田秋声、小山内薫ら。昔の文士は、
帽子、眼鏡、煙草、髭……描き易い素材が揃っていた。

筆記具は、竹ペン。
画材屋で見つけたもので《竹山水》《竹小町》の銘。
この二本にどれだけ世話になったことか。
この二本に線の面白さをたっぷり教えられた。
濃淡、硬軟、太さ細さ等々。
殊に竹山水は先が磨り減ってぺらぺら。

紙は、謄写版詩集を作った際の端切れ。
11.2cm x 18.2cm。
これがいっぱいあったので落書きによく使った。
図書室で公開していた『吟遊』『ピアニスト』などもこの紙。
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狭い部屋で六角のテーブル一つ目の前にあって、
向かいは相棒のアトリエ領域、
こちらが小生の書斎領域、
(共有する文房具やら、貸し借りやらあったが)
筆立てとインク壷と珈琲カップと、原稿紙。
あとはアイデアとイマジネーション。

文士たちの肖像に比べると幼い風景だけれど、
その頃のセッション風の創作もまた懐かしい。
今となってはセンチメンタル・ジャーニーである。
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by r_bunko | 2014-03-02 14:31 | アート
ふうらもぼくもどこへ行くのか?
朝方、twitterに呟いた後、あれこれ思いが巡ったので:

アンドレ・ブルトンは魚座生まれ。若い頃に『ナジャ』に衝撃を受けた。挿入されたパリのマツダ・ランプの写真にも。六角文庫の詩画のルーツはこのあたり。


ポール・エリュアールとマン・レイの合作『ファシール』は憧れの本。他にコクトーやロルカの素描に惹かれた。そんなところから竹ペンを愛用、のちに墨と筆で<ふうらかん>なるものを描くけれど、出発点は詩人の素描にある。

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(1978年頃か。ふうらかん以前の原ふうら。竹ペン)


ふうらかんは、絵の世界なのか、詩の世界なのか、作者にもふうらにも判らぬところがある。北条石仏が原像だから宗教の世界かと言うと、それも違う。微妙にどこからもずれているような気もする。それはそれで構わないけれど、正体のしれないものを追いかけるにはそれなりのビジョンが要る。その力をどこから得るか。それは意図しなくても、自ずから機能しているようにも思う。踵を着けずに、臨機応変の体勢をとった時に、やはり最も頼りになるものが主軸となってバランスをとっていくのではないか。それを信じてみる。


ではそれは何か。ぼくの場合は詩であろう。広義の詩である。広い広い広ーい意味での詩。詩がベースだから料理だから、絵も音楽も小説も映画も、科学も生物も宗教も全部そこに入れてしまうような、世界としての詩。摂理としての詩、思想としての詩、元素としての詩。存在としての詩。まあ、超広義だからあまり細かくは言いたくない。


もっと有り体に言えば、画力には自信がなく、宗教心も薄く、というだけのことであるかもしれない。その分、詩ならば責任も取れるだけの努力と困難と愉悦と悲哀を積み重ねた、と自分で思い込んでいるのかもしれない。それもそれで構わない。この未明体がどこへゆくのか、この未開体がどのように白んでゆくのか、それが大事だからである。


『ナジャ』や『ファシール』が伝えてくれたものはイマジネーション。その翼(翅)のありようや飛翔力であったろう。素描や俳句が好きなのも、想像力の翔ける広い空ががらんとあるからだろう。ふうらかんは北条石仏から飛び立った草の絮のようなものかもしれない、とどこかに書いた。その石仏自体も謎に満ちて、イマジネーションの乗算がそこにある。どこへ飛んでいくか、ほんとうにわからない。
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by r_bunko | 2014-02-19 20:39 | アート
十露三百六十五句
「十露一句」が一年、365句と一巡りした。
ひょんなことから始まって、飄々体でやったのが良かったのだろう。
最後は病床、病体であったけれど、そこは俳句の強み、
世界の一片、永遠の一瞬で事足りて、文芸は成立する。
まあ、出来映えはともかく、日記類の苦手な身としてはよく続いた。
何事も簡素、素心をこころがけているから、
俳句も淡口、薄味になる。とこれは体のいい言い訳で、
その上での深みが出せなかった、というのが現在の力量だろう。

ざっと振り返って、十句ほど選んでみた。

  野遊のこどもらみんな神隠し
  春昼といふ金色の湯舟かな
  雨二日あぢさゐ軽き躁に入る
  花南天雀の喧嘩のちーぱっぱ
  風鈴を吊るせば風が客となる
  空に鞭入ればいななく風の馬
  山盧忌や盆地を出でぬ草の絮
  朝寒やがらがらがらと妻歌ふ
  虫喰ひの穴は枯れずに日の光
  心根も大根も干して甘くせり

別の時に当たればまた入れ替わりがあるだろう。
けっこう迷いもあっての十句で、俳句はこういうところも難しい。
付録に境涯二句:

  生涯の雨模様ならば虹を追ふ
  世にあれど独り小春の影法師
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by r_bunko | 2014-02-13 19:37 | アート
レッド・ピープル
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本の案内所「プレセペ」に続いて「Atelier Maajo」の陶像ページをリニューアル。
Twitterから:

音座のレッド・ピープル野焼き像ページを独立させた。まだ少し残っている。今夜の仕事。

二人でネイティブ・アメリカン関連の本を色々読んでいた頃は、悲劇的な歴史を記述したものばかりで、気が滅入りながら、人類不信に陥りそうになりながら……。それだけに金関寿夫『アメリカ・インディアンの詩』はわくわくして読んだ。

ネイティブの血を引くリンダという女の子が貸してくれた洋書の大冊『Seven Circles』がすばらしく、まるごとコピーさせてもらって大事に持っていた。文章があまり読めなくても、図版が多く面白かった。

チャーリー・パーカーにもレッド・ピープルの血が流れている。「チェロキー」「モホーク」を聴いてみよう。

確か、ジミ・ヘンドリックスもネイティブの血を引いていたはず。
ザ・バンドのロビー・ロバートソンはカミングアウトして、
「Music For The Native American」という素晴らしいアルバムを作っている。
ジャズでは、リック、リーのロジー兄弟のフリー・フォームのアルバムがある。

本で感銘を受けたのはナヴァル・スコット・ママディ『レイニ・マウンテンへの道』。
この本がまさしくレッド・ピープルへの道を拓いてくれたのだった。
それから白人ではあるが長い交流をプエブロ族と持つ、
ナンシー・ウッドの『今日は死ぬのにもってこいの日』。
野焼きを始めた後に読んだけれど徳井いつこの『スピリットの器』。
本棚から幾冊か抜き出してぱらぱら繰っていると、
蕪村と賢治から学んだと思っていた<世界のディテール>へのこだわり、
(まあ、愛といってもいいのだろうが)
(幼いトウモロコシをだいじに世話する雨雲のような)
そこにネイティブ・アメリカンのスピリットも投影しているのに気が付いた。
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by r_bunko | 2014-01-06 23:36 | アート
立冬上人
天の川のように流れるうす雲。
雲のせせらぎに浸った白い三日月。

秋明菊は先発の二輪が咲き終わり、新しい可憐な蕾。
石蕗は例年より早く黄色い輝きを見せている。
小鳥の植えたピラカンサは実を満載。食べるのはずっと先。

   ※

26年前(1987年)の立冬に、
犀川上流の河原で一個の石と出会った。
そこに籠もる一人の人物。

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立冬上人とも、小春和尚とも、犀川仙人とも。
面長で、窪んだ小さな目。
白いあごひげ、柔らかい背。

りんごのりんご上人は腐ってゆかれたが、
このひとは四半世紀後の今も石の中に籠もったまま。

   ※

その日は相棒の誕生日で、
一人の踊り子が犀川とアトリエでパフォーマンスをした。
集まったのは14人。

   山 河 や 人 体 し ろ き 秋 の 暮
   立 冬 の 河 原 の 石 に 夢 籠 る

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(写真上:立冬上人 2013.11.7 / 下:金沢舞踏館・白榊ケイ 1987.11.8)


 → 詩:石に眠るひと(貘祭書屋)
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by r_bunko | 2013-11-08 22:30 | アート
土筆の筆
どっさりと土筆を摘んできた相棒から、絵筆にと三本分けて貰った。
まずは、てんぷらで土筆のスピリッツをいただいて。ごちそうさま。
食後しばらく経って、おもむろに墨を磨る。
画仙紙を幾種類か準備して、
手始めに土筆でツクシの絵を描いた。

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ふーむ。
筆の恰好はいいけれども、腰が弱い。墨の含みがまるで無い。
墨を含まないのは、翁草も泰山木も月下美人も同じ、
みんなつけペンのようなもので、それで描くからの画趣、情趣。

野に出れば、つくつくと可憐腕白な草坊主も、
筆にするからね、というとガチガチにかしこまってしまう。
そうかと思うとくにゃりと脱力したり、なかなかナイーヴ。
筆と二人三脚でていねいに描いていくのがコツ。

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by r_bunko | 2013-03-24 23:57 | アート
鬼あれこれ
昼前、神明神社から赤鬼一行来る。
貰った煎り豆をぶつけるのか、と訊いたら、
いえいえ、ぶつけません、と慌てていた。
鬼は外、と言って貰いながら、その後で鬼の絵なんぞを描く。

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なぜか子供の頃から鬼や天狗が好きで、
面や文鎮、キー・ホルダーなど大切にしていた。
かくれんぼの鬼になるのも嫌ではなかったし、
桃太郎ごっこではいつも鬼側に回って喜んでいた。
山根青鬼・赤鬼という双子の漫画家のファンでもあった。

大学の劇団では、
下駄をカラコロいわせて、長髪小身、
ゲゲゲの鬼太郎みたいだ、と女優陣にかまわれた。

馬場あき子の「鬼の研究」には目を開かれ、
上島鬼貫や西東三鬼の俳句にも多くを学んだ。

   鬼の子の何ぶつぶつと春の土手
   春蘭やおに初恋を忘れかね
   昔むかし鬼は椿の蜜を吸ふ
などと自分でも鬼の句がけっこうある。
また一つ思い出した。
   立春の鬼の名のつく山川譜

蟹座の美しい星団プレセペは、中国では鬼宿に当たる。
この星団が夜更けの頭上にくれば、春ももうすぐ。
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by r_bunko | 2013-02-03 18:35 | アート



詩と、絵と、ジャズと……星と鳥と……漂泊文庫便り
by r_bunko
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