カテゴリ:本・電子本( 35 )
旅人ふうら
EPUBの本を初めてKindle Storeから配信して、昨日で一年。
最初の本は『天狗と雀』だった。
テキストだけの作品を選んで、試行錯誤の果てにepubcheckをクリア、
朝方ストアに並んでいるのを見つけて新鮮な気分がしたものだ。
その日春蘭も花芽を五つ。思わず、
  春 蘭 を 見 つ け て 天 狗 綻 び ぬ
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(天狗と雀 図書カード)

春蘭も天狗も綻びて、季節もうららな春。
一息ついて野に出れば空でヒバリが、
ツギツギツクロウ、ツギツクロウ……とエールを送ってくれたっけ。
それで徐々に画像入りの本にもトライして、
何度か暗礁にも乗り上げて、
最新刊の『旅人ふうら』で16冊目。

絵本・詩画集仕立てのこの本は、iBooks Storeの審査が厳しく、
昨日修正版がパスして、ようやく六角文庫に展望が開けたところ。

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(旅人ふうら 図書カード)

一年間に16冊、というのは多いのか、少ないのか。
1996年以来作ってきた電子本が80冊余(PDの狐の嫁入り文庫は除く)
それが現在読めなくなって順次EPUBに移行する作業に追われている。
なんだか電子本残酷物語の気がしないでもないけれど、
それに抵抗するために、新作なんかを放り込んでいるのだな。

たっぷりと時間を与えられているわけではないので、
一冊でも多く読めるフォーマットで残しておきたい、
そう思う反面、創作に専念してみたい気もするし。
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by r_bunko | 2014-03-16 16:23 | 本・電子本
千代之介と龍之介
三月。
一日は芥川龍之介の誕生日。岡本かの子も同じ日。
降る雨と、かれらの髪型に、

  そ の 昔 文 士 の 髪 と 木 の 芽 雨

以下twitterから:
長髪に憧れた最初は映画『紅孔雀』の東千代之介扮する浮寝丸。まだ見ぬ国への幻想を掻き立てられたのもこの映画。

海彦と山彦の古代の髪型も好かった。中学生の頃は音楽室の壁に並ぶバッハやベートーベン、ハイドンらの長髪に不思議な憧憬を覚えたものだ。

高校生頃から文士の長髪に憧れだした。お気に入りは芥川龍之介だったが、頭と顔の形、中味がまるで違うので諦めた。六年間の坊主頭を脱して、一時も早くと伸ばした頭をみて、本など読まぬ青年が「ビートルズ?」と訊いてきた。
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『紅孔雀』は最も記憶の古い歌でもある。
うろ覚えのこの歌詞が知りたくて、いろんな人に尋ねてみた。
全部歌えたのは金沢のあるお寺の大黒さん一人だった。
いまならYouTubeですぐに聴くことが出来る。

昔、テレビで文士たちの記録映像を観た。
芥川龍之介が庭で幼い子供と遊ぶシーンで思わずペンと紙を引き寄せた。
次々にシーンが移るので殴り描き、それでも最後までいかず省略する。
探したら、ひょっこり十枚余の紙片が出て来た。

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by r_bunko | 2014-03-01 23:57 | 本・電子本
アインシュタインと、そこらの春
昔読んだ本だけれど:
アインシュタインの自伝は、自伝と言いつつ物理の話ばかりでちんぷんかんぷん。
それでも止めずに外国語の原書をとにかく完読するのと同じく最後まで突っ走った。
薄い本なのでそれも出来たのだろう。おかげで大きな収穫があった。
たった一カ所だけ、がつんと解るところがあったのである。

それは、宇宙を知るのによりいい場所というのは無い、ということ。
宇宙の任意の一点は、どこを切り取っても同じ。
どの星から見ても宇宙は等しく同じ風景だ、というのである。
宇宙には特別な場所は無く、無数の観測中心点があるだけ、だと。

これには驚いた。
子供の頃からもっといいどこかを夢見、憧れてきたから、ショックでもあった。
それと同時になにやら、ここで十分やれるのだ、と励まされもした。
この星にいて、宇宙を知ることは、
どこかよその銀河にいて探求している人たちと同じ知見に至る。
E=mc²同様、シンプルで美しい考え。
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(Saxを吹くEinstein by Marica Onza 1993)


年月を経て、<そこらの春>に目が覚めた。
わずかな田圃と畑を縫う農道や、寂れた里山の麓付近。
野草も野鳥も種類は少なく、淋しいと言えば確かに淋しい。
どこか春を満喫出来る森か高原にでも行けたら、とつい思いがち。
そんなさびしさ、わびしさが降り積もって、かえってそこらの春に愛着が湧く。
ヒバリしかいなかったら、ヒバリに会って帰る。
いつもの場所のシロバナタンポポに寄っていく。
それでいいと思う。そこらの春は、どことも同じほんものの春なのだから。
そう思って歩いたら、そこらの木たちが応えてくれたのが「木霊日」という詩編。
そしてその日に辛夷の木で歌ったであろう一羽のアオジ
寒気が去って、ぽかぽかしたら、そこらへ出かけてみたい。
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by r_bunko | 2014-02-20 22:37 | 本・電子本
ブルー・モンク、ブルー・ポエム
ブログ記事を書いて投稿する時に、あららと驚いていることがある。
詩のカテゴリーを作っていないのだ。
えっ! と自分で呆れて、されど今更追加もというのでそのまま。
ブログをスタートしたのは2005年1月。
詩は書かずもがな、というスタンスではいたけれど、
そうか、詩はどこかでもっと深く断念していたのかもしれないな。
表現は孤独な作業でいて、自分独りの営為では続かない。
いつかだれかの胸に届くだろうと信じて、はじめて発信の力を得る。
アイデンティティーを奪われるとどうなるか、身を以て体験した。
気力、意力はどこから出て、どこへ向かうのか思い知った。

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今日はセロニアス・モンクの命日。64歳(なんという若さだ)。
この稀代のジニアスは晩年の10年間、ほとんどピアノを弾かなかった。
精神も身体も病んでいたとはいうけれど、そのことが信じられなかった。
バド・パウエルは独房の壁の架空の鍵盤を指で押さえて、
見舞いに来たエルモ・ホープに「この音はどう?」と尋ねたという。
そういう人たちなのだと思い込んでいる。信じ込んでいる。
だからモンクが鍵盤にすら触れなかったことは気にかかる。
同様なことはドド・マーマローサにもユタ・ヒップにもある。
それぞれに理由も事情も異なる。ほんとうのところは誰にも判らない。
おそらく本人にも、そのようになる流れはどうしょうも出来ず、
なにか他人事のような哀しさもあったのではないか。

2011年に『春とピアノ』『春と石仏』を書いた。
そこでドドやユタに思いを馳せた。
ドドもユタもモンクも、もうピアノには戻って来なかったけれど、
ぼくはなにやら詩に戻っているのか、いないのか。
記事の投稿時に詩のカテゴリーがないのに呆れ当惑しているのである。
この十年ほど、詩のカテゴリーなど無くても事足りたのも事実。
昔のどこかではぐれてから、詩も生も常に未明未開の「?」であって、
それが時々小さな「!」に置き換わる。
野に出て草花や小鳥たちと同じ空気を吸えばそうなってくる。
それが出来なくなった、と嘆いているのではない。
元気になれば、またのこのこ野に出るだろう。
籠もっていても、鳥や木や風のような声はある。
セロニアス・モンクのピアノの音なんかもそれである。
今日も朝からたくさん聴いて一つの「!」を得た。
それがまた新たな「?」を生み出していく。
詩などは小鳥の地鳴きや囀りのように書いていたい。
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by r_bunko | 2014-02-17 20:55 | 本・電子本
暮鳥旧蔵の千家元麿詩集
もう一つの10月22日。
ホームページにかつて掲載していた一文を再掲する。
本にまつわることばかり綴ったエッセイ「文庫草誌」より:
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 古書展に久し振りに行った。「月の光」「真夏の星」と天体タイトルの本が星好きの目につく。前者は明治31年発行の月を巡ってのアンソロジー。月の科学から歴史・民俗・文学までを扱った小冊子。後者は千家元麿の詩集であった。なあんだと思いつつ、巻末ページを見て「あれ?」。細いブルーブラック・インクで「やまむらぼてう」と丁寧に署名してある。1924.10.22 の日付とともに。詩集の発行日は同年の9月20日。暮鳥が没したのが、12月8日。するとこの本は、死の一ヶ月前に購入して病床で繙いていた遺品ということになる。ちょうど『雲』の校了にかかっていた頃。
 そんなものが今頃こんなところに出回るか、遺族が処分するか、結核だったから当時ではあり得るかなど思いはぐるぐる巡って、さてどうするか。この本の持ち主も貧窮していたけれど、巡り会ったこちらもすこぶる懐は寒い。哀しいね、縁だねと、千家も含めての一本の糸を、一日迷った後手繰り寄せた。

     ※

そうは書いても、いまでも暮鳥の蔵書だった、というのは半信半疑である。
あいにく暮鳥の筆跡にも詳しくないので判別できない。
もしや、と思ってネット検索すると校正原稿の自筆が一つヒットした。
それと照合する限り、「ま」「て」の二字が同じ筆跡に見える。
サインの佇まいのようなもので本人の字だと直感したにすぎなくて、
それよりも暮鳥の蔵書が手元に巡ってきたことの方が信じ難いことなのだ。

巻末には蔵書印と思しき印もある。
哀しいかな、これが判読できない。
元麿か暮鳥の雅印か、後の所蔵者の遊印か。
どなたかご教示願えたらありがたい。

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by r_bunko | 2013-10-23 00:05 | 本・電子本
中也忌
本日のTwitterより:

今日は中原中也忌。昔三年連続でこんな句を詠んでいた。
 1987 まづ一羽鴎の中也飛び来たる
 1988 鳴き急ぐ蟲の中也のよもすがら
 1989 秋の宙星の中也の見あたらぬ

鴎の中也は犀川桜橋〜下菊橋の堰堤に来たオオセグロカモメ。たった一羽でユリカモメに先がけてやって来た。冬はもうそこだ、と教えてくれた。うわずってなんかいられなかった。

2000年に妻がスズメのひなを拾ってきて育てた。「雀の中也」と題してホームページに育雛日詩を連載した。さすがに中也とは呼びにくいので、実際にはチュールと名付けた。そのときの体験は『天狗と雀』という作品になった。

 Amazon Kindle Store
 Apple iBookstore


    ※

散歩に出たなら、今日はどんな中也に会えるだろうか、
花の中也か、雲の中也か?
雲は空のほとんどを覆ってきたので、居ないだろう。
花なら、コスモスの中也が風に揺れているだろうか、
案外どんぐりの中也がぼとりと落ちてくるのかもしれない。
などと想像を楽しみながら、家を空けられなくて出不精した。
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by r_bunko | 2013-10-22 20:03 | 本・電子本
宮沢賢治117歳
Twitterで呟いたもののまとめと、俳句ブログの一句。

インターネットに繋いだ記念日。1996年。最初にアクセスしたのが『宮沢賢治ワンダーランド』。

   ※

この世界の風景の素晴らしさ、風景の中の《こと》や《もの》を愛せ、と教わったのは与謝蕪村と宮沢賢治から。

   ※

宮沢賢治との最初の出会いは芳しくなかった。「雨ニモ負ケズ」は余計なお世話だと思い、「注文の多い料理店」は意地悪な作者だと思った。貧乏と病気と喧嘩に囲まれていた少年時代。

   ※

賢治との親和は、天文中年となって、夜々星巡りに勤しみ、アルビレオ輝く白鳥ステーションから銀河鉄道に乗り込んで、無方の空に微塵となってから。

   ※

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『イーハトーヴ・ソングブック』……賢治童話から歌や歌のようなものを採集。
 Kindle Store
 iBookstore

   ※

イーハトーヴのホロタイタネリと、大菩薩峠の茂太郎は、天然の吟遊童子。

   ※

双眼鏡で白鳥座から鷲座まで銀河鉄道沿線散策。矢座、子狐座、海豚座の星々。「天の川の三角公園」と呼んで親しんでいたCr 399にも久し振りに行った。天文ファンにはコートハンガー星団として知られているらしい。

   ※

花 巻 は 遠 し 頭 上 に ア ル ビ レ オ

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by r_bunko | 2013-08-27 23:14 | 本・電子本
シリビリビンの絵本2冊
いつまでも大人になれないこどもだからか、
こどももいないのに、こどもの日には何事かする。
と若夫婦が言うのならともかく、老夫婦が……だけれど、
今年は1994年に作った絵本の電子復刻をした。
19年前のこどもの日に発行した「満月祭」。
手作りの手彩色本で、他の絵本とともに、
展覧会で販売したり、画廊から注文をうけては製作したり。
それが追いつかなくなって電子本に移行したのだった。
「満月祭」はT-Timeというソフトで2002年に完成、
販売ルートと少額決済のシステムが無くて未発表のままだった。
その両方が叶って、今回ePub3に仕立て直し、
音座にシリビリビンの頭も描き直してもらった。

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Kindle本ciribiribinとしては「星の子」に続く二冊目。
前作の「たんぽぽとたんぽぽ人」のように、
風に乗って遠く広く運ばれてほしいものである。


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ciribiribin book —星の子           満月祭 —ciribiribinの音楽会
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by r_bunko | 2013-05-05 19:20 | 本・電子本
笑う森 Kindle版
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Kindle版の二冊目は「笑う森」。
加賀・富士写ヶ岳のブナの森の話。

現在無料キャンペーン中です。
日時:3月23日 17:00 〜 25日 16:59
(太平洋標準時なので多少時差あり)

 Amazonの頁へ
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by r_bunko | 2013-03-23 19:41 | 本・電子本
新美南吉
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金沢に住んで間もない頃に浅野川近くの古本屋で見つけた、
新美南吉の最初の著作「手毬と鉢の子」。
まだ先代南陽堂の頃で、店内は天井まで本が積み上がり、
平積みのものも乱雑極まりなく、手が埃で真っ黒になった。
呆然としていても始まらないので、そこらを探索、
こども向けのイリンの百科事典と、この本が出て来た。
昭和18年の第四版(5000部)、まずまず売れていたのだろう。
南吉の名こそ知るのみで作品には縁がなかったし、
良寛にもまだそれほど関心のない二十代だから、
この一冊を入手しているのが不思議。
(いいね! と青二才の自分にボタン・エールを)

今年は南吉生誕百年、今日3月22日は没後七十周年。

  日暮れに
  楡の森かげで、
  まずしい葬式してた。
  小さい、白い
  棺には、
  ラッパや絵本を入れて。

  土饅頭の
  ほとりには、
  野薔薇やなんか撒いて。
  名まえが
  横にきざまれた
  小さい十字架を立てて。

  そして、みんなで祈ってた。
  ——小鳥よ、空から下りてこい。
  ——光よ、ここまで射してこい。
  ——ここに、こどもがねむってる。

『葬式』という詩。これをそのまま作者に。
  ——ここに、南吉がねむってる。
南吉の墓なら小鳥も空から下りてくるだろう。
光もうらうらと射すだろう。花も蕾を開くだろう。
わが裏庭には、珍しくイタチが現れた。
南吉忌だから、蝸牛山と鯰池のことも考えた。

新美南吉は悲しむこころをもった詩人である。
悲しむ力、を正しくもっていた人間である。
先の一書の奥付頁にある、南吉の検印。
なんだか今日はそれがしーんと目に沁みた。

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by r_bunko | 2013-03-22 23:53 | 本・電子本



詩と、絵と、ジャズと……星と鳥と……漂泊文庫便り
by r_bunko
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