ブルー・モンク、ブルー・ポエム
ブログ記事を書いて投稿する時に、あららと驚いていることがある。
詩のカテゴリーを作っていないのだ。
えっ! と自分で呆れて、されど今更追加もというのでそのまま。
ブログをスタートしたのは2005年1月。
詩は書かずもがな、というスタンスではいたけれど、
そうか、詩はどこかでもっと深く断念していたのかもしれないな。
表現は孤独な作業でいて、自分独りの営為では続かない。
いつかだれかの胸に届くだろうと信じて、はじめて発信の力を得る。
アイデンティティーを奪われるとどうなるか、身を以て体験した。
気力、意力はどこから出て、どこへ向かうのか思い知った。

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今日はセロニアス・モンクの命日。64歳(なんという若さだ)。
この稀代のジニアスは晩年の10年間、ほとんどピアノを弾かなかった。
精神も身体も病んでいたとはいうけれど、そのことが信じられなかった。
バド・パウエルは独房の壁の架空の鍵盤を指で押さえて、
見舞いに来たエルモ・ホープに「この音はどう?」と尋ねたという。
そういう人たちなのだと思い込んでいる。信じ込んでいる。
だからモンクが鍵盤にすら触れなかったことは気にかかる。
同様なことはドド・マーマローサにもユタ・ヒップにもある。
それぞれに理由も事情も異なる。ほんとうのところは誰にも判らない。
おそらく本人にも、そのようになる流れはどうしょうも出来ず、
なにか他人事のような哀しさもあったのではないか。

2011年に『春とピアノ』『春と石仏』を書いた。
そこでドドやユタに思いを馳せた。
ドドもユタもモンクも、もうピアノには戻って来なかったけれど、
ぼくはなにやら詩に戻っているのか、いないのか。
記事の投稿時に詩のカテゴリーがないのに呆れ当惑しているのである。
この十年ほど、詩のカテゴリーなど無くても事足りたのも事実。
昔のどこかではぐれてから、詩も生も常に未明未開の「?」であって、
それが時々小さな「!」に置き換わる。
野に出て草花や小鳥たちと同じ空気を吸えばそうなってくる。
それが出来なくなった、と嘆いているのではない。
元気になれば、またのこのこ野に出るだろう。
籠もっていても、鳥や木や風のような声はある。
セロニアス・モンクのピアノの音なんかもそれである。
今日も朝からたくさん聴いて一つの「!」を得た。
それがまた新たな「?」を生み出していく。
詩などは小鳥の地鳴きや囀りのように書いていたい。
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by r_bunko | 2014-02-17 20:55 | 本・電子本
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